メールのメンテはぬかりなく

相変わらずのご挨拶で我ながら情けないのですが、久々の更新となります。

11月中に件数が多く、入力内容も少々厄介なアンケート調査の入力が予定に入っていたため、それなりに警戒はしていたのですが、順にお仕事が重なってきて、11、12の二ヶ月間はまさに仕事漬けの日々。

一昨年の暮れに亡くなった母の一周忌などプライベートな用事も重なり、年末ギリギリまで連日朝から晩まで仕事用のパソコンの前に釘付けとなるハメに。一年間の仕事の垢が降り積もった仕事場の掃除もままならないまま、ついに年を越してしまいました。

一年こき使った報いか年末にややほころびの見えたパソコンのメンテを世間がお正月休みの間に済ませたいこともあって、晦日も元旦もひたすら仕事を片付ける毎日。お正月気分を味わったのは、わずかに家族で年越しソバを頂いたのと元旦の雑煮を頂いたぐらいのもの。例年、バタバタする時期ではありますが、今回は特に悲惨だったです(こんな書き方でお仕事を頂いたクライアントの皆様、ごめんなさい。お仕事を頂けるうちが華ですよね。よ~く、分かっておりますヨ、ハイっ。)。

まあ、一番残念だったのは「もう少し、もう少し」で仕事を続けているうちに、紅白で絢香がコブクロと「WINDING ROAD」を歌い始めたのが下のリビングから聞こえてきたこと。NHKさんも、もうちょっと出番を遅いめにしておいて欲しかったなあ。年末いくつかの歌番に両方揃って出ていたので、その度に気にしていたんですが、どういうわけかこの曲とは相性が悪く、たまたま風呂に入っている間に出番が終わっちゃったりして、結局一度もナマで歌っているところが見られずじまいでした。

まあ、それはそれとして、悲惨な状態に輪をかけたのには実はもうひとつ理由があります。忙しくなりかかった初っぱな、頭の中では既に「ヤバイぞ、ヤバイぞ」と警告音が鳴っていたのですが、ちょっとしたアクシデントでスタートダッシュに失敗したことです。

ポンポンと続けていくつかの仕事がスタートしかけたときに、ナンと、突然メールのやり取りに使っていたOutlookが立ち上がらなくなってしまったのです。

ちょうど、入力を終わってチェックに取り掛からなければならないデータがある程度溜まってきていたのですが、手前でひとつ片付ける必要のある仕事を抱えていて、添付のデータも保存しないままだったので、流石にパニックになりました。最終的にはメーラーを急遽Outlook Expressに切り替え、OutlookのデータをOutlook Express側で吸い上げることができたので何とか事なきを得ましたが、一時はマジで青ざめました。

原因ははっきりしていて、メールソフトの容量オーバー。

メールソフトはそれぞれに保存しているメールの容量に上限があり(Outlook Expressを例に挙げると2GBが一応の目処)、忙しさにかまけて知らぬ間にその上限を超えてしまったようなのです。

仕事柄毎日大量にメールをやり取りします。仕事が忙しくなると当然それだけやり取りするメールの数も多くなります。単にメールが多いだけではなく、スタッフさんの入力したデータ、クライアントさんが入力原稿をスキャンした画像データなど、それぞれのメールには添付ファイルがついてきます。画像データなどは総量で10MBを超えるようなケースもあり、短期間でもその容量はバカになりません。

かといって、仕事関係のメールはそうそう単純に削除もできないのです。

単なる入力作業でも、クライアントさんごとに仕様が微妙に異なります。名簿の入力なら、「(株)、(限)」等を「株式会社、有限会社」に揃えたり、当然逆のケースもありますし、区切りに挿入するスペースも半角に統一したり全角に統一したり、ベタ入力なら、表部分の処理ひとつでも、セルの末尾にTabを挿入したり、コンマを入れたり、はたまたセルごとにEnterで改行したり。

前にお引き受けしたことのあるお仕事なら、毎回のように一から確認させて頂くのは依頼して頂いたクライアントさんに失礼となりますので、ある程度基本的な部分はこちらで確認できるようにしておかなければなりません。場合によっては、「この前お引き受けしたのが1~2年前」といったケースもあり、削除する前に一通り後々確認できるような形に処理する必要があります。

そんな事情に加え、仕事上メルアドをWeb上で公開していることもあって、スパムメールにしても半端な量ではありません。そんなこんなで上限の2GBが例えば3GB、4GBになっても容量をオーバーするのはそれほど難しいことではないのです。

メールの容量については、もうひとつ取り上げておかないと片手落ちになります。

通常、不要なメールは「Delete」等で削除し、定期的に「削除済みアイテム」フォルダを空にするか、いきなり「Shift+Delete」でいちいちゴミ箱に入れずに削除してしまう、といった手順までで終わっている方が大半だと思います。

たいていの方はそこまでの処理でも取り立てて支障はないと思いますが、それだけではメールの保存フォルダの容量までは小さくならない、ということをご存知でしたか。

通常個人でやり取りするメールの量なら問題はないと思いますが、画像データを頻繁にやり取りしたり、といった容量の大きいメールの送受信が多い方などは、同じパソコンを何年も継続して使っていると、いつかは私が経験したようにメールソフトが保存容量のオーバーで起動しなくなる事態が起こる可能性があります。

なぜそんなことが起きるかというと、たいていのメールソフトでは、見た目は完全に削除されたように見えるメールも、復元して呼び出すことこそできないものの、データとしてはちゃんとメールの保存先に残っているためです。

このデータを完全に保存先のフォルダから排除しない限り、保存先フォルダのデータ容量は小さくはなりません。

Outlook Expressを例に挙げると、不要メールを完全にフォルダから削除するには、先に述べた「削除済みアイテム」フォルダを空にする手順まで行った後、「ファイル」メニューの「フォルダ」の中にある「すべてのフォルダを最適化する」を実行して初めて完全に保存フォルダから削除することができます。

「近頃、やたらメールソフトの動作が重くて」といった心配な症状のある方は、早速、不要メールを整理して試してみて下さい。

私は、お正月期間の間にOSの再セットアップからパソコンのクリーンアップを行ったのを機にメールソフトも「ジャストシステム」の「Shuriken」に切り替えました。

これまで使っていたMs系のものとは使い勝手が若干異なり、多少戸惑いはあるものの、動作が軽く、面倒な手間をかけなくても、自動でバックアップを行ってくれるなど、今のところ好感を持って使っています。

それにしても、日頃、多少不具合を感じていてもついついそこそこ動いているとちゃんとした対策を先送りして、冷や汗をかく事態を招きかねない、ということが身に染みて分かりましたので、データのバックアップ等今まで以上に対策を施しました。あまり自慢できたことではありませんが、先送り一辺倒の霞ヶ関や永田町をうろうろなさっている皆さんよりは多少はましかなと。

いや、ちょっと、これは余分なお話でした。

新しい年になって、どれぐらい更新ができるか分かりませんが、皆様、どうか本年もよろしくお願いします。


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金曜日は危険が一杯

職種にもよるでしょうが、自営で在宅の仕事というとたいていはコンビニ営業、いわゆる「年中無休、24時間営業」というパターンになりがちなようです。特に、うちみたいに仕事の連絡はメールかFAX、後はせいぜい資料がクロネコヤマトさんで届く程度みたいな仕事の流れだと、もろにそういった形になっちゃいます。

実際、夜中の2時、3時にスタッフさんならまだしも、クライアントの担当者さんとメールのやり取り、なんて状況もそんなに稀なことではありません。こちらはともかく、先方は大半が勤め人、流石に自分の状況も忘れて「よ~やるなあ」と感心したりしますが。

世間一般がお休みしている土曜・日曜は、急な仕事の依頼などを考えなくてもいい分、仕事の進行の面からは逆に稼ぎ時だったりします。

それでも、土曜営業のクライアントでも、急な仕事の依頼は逆に逡巡があるのか、よほど急な仕事が飛び込む可能性は薄いので、たまたま土曜・日曜に空いた時間が取れると「超ラッキー」といった気分には浸れます。

とりたてて急ぎの仕事がなくても何となくそわそわして落ち着かないのが、金曜日の午後。

お昼過ぎ、急にカタカタFAXがうなり始めたり、メールが飛び込んできたり。新たな仕事の依頼が届くのは、なぜか金曜日の午後の確率が高いのです。また、週の初めに持ち込まれる仕事のお話は、見積りの依頼から始まって日程の調整等に移るケースが多いのですが、なぜか金曜に飛び込む仕事は、締め切りまったなしのパターンが大半。

たいていは、メールに入力原稿がPDFファイルで添付してあったり、「明日AM中に原稿が宅配で届きますので、○○までに入力データを送って下さい」みたいな感じ。データで資料が届く場合は、当日、即手配ができるのでまだたちのいいほう。翌日宅配で原稿が届く場合、たまたまその日に出かける予定が入っていたりすると途端にパニックに。

逆にデータで資料が届く場合、金曜の夕方にメールや電話で問合せが入り「月曜の朝までになんとかなりませんかねえ?」といったパターンも。こちらに余裕のあるときはいいのですが、既にアップアップしている状態だったりすると「AM中でなんとかなりませんか」みたいな内容で先方の担当者と押し問答になったりすることもしばしば(この半日の差が、厳しい仕事の場合命取りになったりするんです)。

この金曜始まりで月曜納期というスタイル、テキスト・データの入力作業ではけっこう多いんです。困るのは、依頼主が新規のお客様のとき。たいてい依頼する側はお休み。作業の途中で何か確認したいことが出てきても連絡が付きません。こちらも自衛手段で、事前に担当者の携帯番号を伺って備えたりはするものの、お休み中という頭があるとそうそう気軽に電話もできません。

また、常連さんの場合なら、とんでもない時間帯にさりげなくメールが入っていたりすることもあるので、翌日の朝にメールをチェックするまで油断はできません。

ということで、今日のこのブログも、何となくドキドキした気分を抱えながら書いています。

ろくに休みも取れない個人営業ですが、上司も同僚もない個人ならではで、その日の気分で「え~いっ、今日は昼から休みだ!」にたいにしちゃっても、誰からも咎められる心配はありません。ただ、後々その半日が死を招く心配はありますが。

独り身の厳しさが身にしみながらもこんな仕事を続けているのは、しがらみのない身軽さにそれ以上の魅力を感じてしまうからなんでしょうね。

ただ、独り身の気安さばかりに心を奪われて同じような仕事を始めようとしている方は、後々「しまった」ということにならないように、飛び込む前にくれぐれもよ~く考えましょうネ。


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シニア・グラス

何となく面倒でずっとグズグズ先延ばしにしていたんですが、遂ににっちもさっちも行かなくなって、先日思い切って眼鏡屋さんに行ってきました。この前の日曜日に出来上がり、今も眼鏡をかけてPCに向かっていますが、めっちゃ好調です。

眼鏡が届くまではそれほど不自由も感じず、ごく普通に新聞読んだりパソコン画面を覗いたりしていたんですが、一度眼鏡をかけて同じことをやってみると、いかに今まで目に無理をさせていたのかが実感できます。

飲み込みのよい方は既にお気づきでしょうが、購入したのは近視用の眼鏡ではなく、じゃっかんお品よく表現すると「シニア・グラス」、ブッチャケた話、老眼鏡です。

元々、30も半ば辺りまでは眼鏡と言えばサングラスぐらいしか縁がなく、近視や乱視の眼鏡は自分には一生縁が無いものと思っていました。それが、30代も終わりの頃に運転免許の更新のために視力を測った際に、それまで両目1.2あった視力が突然左目だけ0.3に落ちていたことが分かりビックリ。

急に視力が落ちたのにはワケがありまして、10年ほど前から始めたバードウォッチングの趣味が高じて野鳥の調査に引っ張り出されるようになり、ちょうどその前一年ほどの期間、名古屋の藤前干潟という場所で環境アセスのお手伝いをしていました。これが、毎月2回のことですが、かなりハードな調査で、長時間スコープを一心に覗くことが続き、結果的にスコープを覗く方の目(字を書くのは右利きなんですが、目と高飛びの際の踏み切り足は左利きなんです。)だけ視力が落ちることに繋がりました。まあ、後から考えればほとんど瞬きもしないで長時間スコープに目をくっ付けっぱなしなので、視力が落ちるのも当たり前と言えば当たり前なんですが。

それでも、右目は1.2の視力のままだったので、日常生活に特に不自由はなかったのですが、視力の落ちた左目の分を何とか右目が補っている状態なので、長時間運転した後など、疲れて肩がこったり、運転免許の更新でもいちいち別の場所に連れて行かれて視野の検査を受けたりするのも煩わしく、生まれて初めて度の入った眼鏡を作りました。

運転する際と鳥を見る際だけにかける、期間限定?の眼鏡です。

50代に入って老眼の症状が出始めると、今度は近視の左目が細かい文字の見づらくなってきた右目を補うことになりました。新聞などの細かい文字を見る際、右目の方はぼやけてはっきり見ることができなくなってきたのですが、元々近視だった左目の方は逆に近くの文字などは支障なく見ることができるため、眼鏡なしでも、遠くは右目、近くは左目と使い分けることで(といって、本人にはまったく自覚はないのですが)、最近まで特に不自由なく過ごしてきました。

ちなみに、「近視は老眼になりにくい」というのは誤りだそうです。見る対象までの距離で眼球の厚みを変えてピントを合わせているのが、年齢とともに機能が衰え、ピントの合う範囲が狭くなってくるのが老眼で、近視の人もそうでない人も機能の方は同じように衰えているのですがピントの合う範囲が異なり、近視の人の場合ちょうど新聞を見るぐらいの距離の前後にピントの合う範囲が重なっているため、老眼と自覚できるような症状が出ないだけらしいです。

ところが、いい加減おっさんになったところで、一日パソコンの前に座りっぱなしの生活を送ることになってだんだん支障がでてきました。

まずは、極度な肩こりに悩まされるようになってきました。もっとも、これは目だけのせいとも言えませんが。

それに追い討ちをかけるように、最近では、何日か仕事がハードな日が続くと、パソコンの作業をしている間は良かったのに、仕事が一段落ついて、新聞を広げるとうまく目の焦点が合わずうまく読めないことが起きるようになりました。ひどいときは離れたところにあるテレビの画像が二重にぼやけることも。反対に、しばらく休憩して雑誌や新聞を読んでいた後、仕事を続けようとパソコンに向かうと、逆にパソコンの画面にうまくピントが合わないことも。

データ入力の元原稿がやたら細かい字で印字だったりすると、原稿の文字を読み取るのも苦労するようなことが多くなって、ようやく眼鏡屋さんに向かうことに。

老眼鏡は行ってみれば虫眼鏡の延長みたいなものですので、普通は出来合いのものの中で度の合いそうなものを選べば済むのですが、私の場合、左右の視力が極端に違うことがネックとなり、左右の度が同じ既製品では合うものがありません。費用はかかるもののきちんと視力を調べてもらって自分の目の状態にあったものを作ってもらいました。

出来上がった眼鏡を持ち帰り、自宅で眼鏡をかけて新聞を開いてびっくり、新聞の活字が眼鏡をかけないときの1.5倍ぐらいの大きさで目に飛び込んできます。眼鏡がないときはそれで問題ないと思っていたのですが、一度眼鏡を使っちゃうと、今度は眼鏡なしで過ごせなくなってしまいました。パソコン作業もかなり疲れ方が違うように感じます。

まずは快調な滑り出しで、これで肩こりも軽くなると言うことなしですが、それはもうちょい様子をみないと分かりません。とりあえず、手元に置いてあった虫眼鏡の出番が減りそうなことだけは確かです。


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公園の噴水遊びを騒音認定

先日報道された「公園の噴水遊びを騒音認定、「基準超す」と使用停止に(10/5 読売)」というニュースは、ショックでしたネエ。

記事の内容は「噴水で遊ぶ子供の声がうるさい」として「近くに住む女性」の「騒音差し止めの仮処分」の申し立てを東京地裁八王子支部が認め「噴水を使用してはならないとする決定を出した」というものです。

ショックを受けられた方が他にも多数みえたようで、ソーシャルブックマークでもたくさんのコメントが寄せられていました。

コメントの内容は「子どもの声が騒音に聞こえる」ということに対するショックと「子どもの遊べる場所がなくなってしまう」ことを心配される声に二分され、訴えた方を批判的に見るもので占められていました。

簡単な報道内容だけでは当事者の置かれた状況までは判断できませんし、同じ事件を対象とした報道でも「毎日.jp」では、訴えたご本人が「心臓などの病気で療養中」で、スケートボードによる騒音にも悩まされていたことが報道されているなど、限られた報道内容だけで訴えそのものを非常識と決め付けたり、一方的に非難したりするのも少々乱暴だとは思いますが、私自身「子どもの遊ぶ声」が「騒音」として扱われたことには正直違和感があります。

ニュースを読んで最初に頭に浮かんだのは「コミュニティの崩壊」という言葉。

音に限らず人間の感覚はかなり感情的なものに左右されます。実際、我が家の例で考えても、私がちょっと大きめの音量でSEAMOのCDを聴いていたりすると、たいていカミさんから「もう少し小さい音で聴けないの」と叱られますが、注意した当人がいくらも経たないうちに、もっと大きな音量でドラマを見始めたりすると、これはホント腹立ちます。おっとと、これはちょっと脱線。

同じ子どもの叫び声でも、普段顔見知りで親しくしている子ども達が遊んでいる声と見も知らぬ相手が発する声とでは、音量としては変わらなくても受け取り方は当然変わってくるでしょう。声として聞こえるか単なる音として聞こえてしまうかの違いは大きいと思います。

日本は元は農耕民族で家を単位にした村社会が基本だったんですが、経済成長に伴って工業化が進み、新たに会社がコミュニティの中心としての役割を果たすように変わってきました。ところが、グローバル化の影響で終身雇用が崩れ会社もその役割を果たせなくなってしまい、今では、よりどころとなるコミュニティがどこにも見つけられず彷徨っている状態に陥っています。

子ども達が犯罪に巻き込まれる事件が相次ぎ、いたるところに監視カメラが置かれて息苦しささえ覚えるような事態に至り、コミュニティ崩壊の危機も極まった感があります。過剰に権利を振りかざすモンスターペアレントの問題や以上に高い自殺者の数も、人と人との繋がりが薄れていることと無縁ではないように思えます。

今回の事例も、原告が置かれた状況までは分かりませんが、互いに気遣いあうような関係が地域にありコミュニティ全体の問題として考えてもらえるような状況があれば、少なくとももうちょっと違った形の解決方法が選択されたのではないでしょうか。

元々産業界の方を向いて政治を執り行う習性が染み付いた国や行政に多くは期待することができない以上、個人個人が出来る範囲から考えていかないとコミュニティの再生はかないません。

折から、「子どもの運動能力、低下が鈍る 「運動少ない生活定着」(10/8 朝日)」のような報道もあり、運動能力低下の原因として「遊び場の不足」が指摘されています。大人の都合で子ども達の成長にこれ以上しわ寄せがかからないよう、大人の側がもっと努力する必要がありそうです。


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ピントがズレてます

トラブルが発生した際、そのトラブルの後始末は当然として、トラブルの内容が深刻なものであれば、当然、再発防止の対策にもそれなりの手間ヒマあるいはコストが投じられます。大手のメーカーや信用不安が命取りになるような金融業などなら、かかる費用にしても半端じゃありません。ところが、たくさんの費用や労力をつぎ込んでいる割りに、肝心カナメのトラブルの原因と対策で焦点が当たっている部分が、どう考えても「ピントがずれてんじゃないの」と思わざるを得ないようなけっこう普通にあったりします。

「個人情報保護法」が全面施行、情報漏れに厳しい目が注がれるようになって既に2年半近くになりますが、漏えい事件の報道の方は相変わらず数が減ったようには見えません。

直近のものに限ってみても、「NTT 東、病院患者の個人情報など約1万件流出(9/27 毎日)」、「ODNの顧客情報511件がWinny経由で流出。(9/21 BroadBand Watch)」、「NTT東:顧客3万、社員1万人分の情報流出(9/21 毎日)」、「アロシステム、顧客情報の一部が流出(9/16 朝日)」、「警察情報1900件流出=ウィニー介し、自宅パソコンから-三重県警(9/11 時事通信)」、「大手監査法人職員、ウィニーで情報流出(9/5 J-CAST)」等々、よくもまあこれだけとあきれるほどの状態です。

当事者の顔ぶれをみると、情報の取扱いではプロ中のプロと言ってもいいような情報産業や、警察、自衛隊、はたまた指導にあたる側と言ってもいい手監査法人等々。

原因の方はというと、保存したUSBメモリーをバッグごと盗まれた、あるいは、事務所アラシでPCごと持っていかれたとかも一部にはありますが、大半はWinnyなどのファイル交換ソフトが絡んだもの。

ただ、直接の原因以前の問題として、ほとんどの事件で共通しているのは、いわゆる風呂敷残業、今風に言えばメール残業などと呼ばれる仕事の進め方が常態化していたり、仕事に使用するPCの端末が不足していて、私物のパソコンを業務に使用しているなどで、大事な情報がたいしたチェックもなしに社外に持ち出されていること。

「データの持ち出しは禁止しているのですが、・・・」等々、コメントには出てくるものの、厳密にやれば仕事が回らない、となれば「持ち出し禁止」と張り紙はあっても無視されるのがオチ。

守秘義務に関しては「プライバシーマーク」という認証制度もあり、うちも仕事を頂いているクライアントに認証を受けている企業がみえ、時には日にちの作業の進捗まで事細かに報告を求められたり、データの送信もメール添付はダメで暗号送信で納品したり、といった対応を求められることも珍しくありません。

この手の認証は取得にそれなりの費用がかかり、認証を維持するためにも報告書、帳票の類が山ほど必要だったり維持管理の手間や費用も必要ですが、問題の本質がふろしき残業でもしないと仕事が片付かなかったり、仕事に使うPCが十分備えられていない、といった経営資源の整備の面にあるのなら、わざわざ報告書や帳票の枚数を増やして負担が増えれば却って逆効果にもなる可能性が高そうで、対策の目的自体、問題の原因をつぶすよりは、「こんな風に対策を取っていまっせ」とアピールする方向に重点を置いているように見えてしまいます。

中には、トラブルの原因の検証自体「ちゃんとできたんかなあ?」と思えてしまうような例も。

「教育の荒廃」だの「学力の低下」だのと言われ、現在、中央教育審議会で進められている学習指導要領の改定では「脱ゆとり教育」に向け、授業時間を増やしたり前回削除された学習内容の復活が検討されているようです。

「詰め込み教育」の反省から「ゆとり教育」に舵をきってから、まだようやく6年あまり、「ゆとり教育」で学校生活のスタートをきった第一世代はようやく小学校6年生。学力の低下を問題視された生徒達は学校生活の大半を「ゆとり教育」切替前に過ごしており、学力低下をそのままゆとり教育の弊害とするのは、ちょっと無理があるように思います。
また、学力低下として騒がれている内容は主に分数の計算など基礎学力にあたる部分。これを、難しすぎるとして外された学習内容を復活させて改善しようというのですから、ほとんどハチャメチャに近い対策です。

トラブルに対処する目的で取られる対策が肝心の部分に届かないのは、組織として、できれば向き合いたくない部分があいまいなまま残されていたり、問題の改善という形を取りながら自分の嗜好や考え方に合う方向に進路を向けることに目的がすり替わってしまっているからです。

きちんとした原因の検証もなく、ともすれば帳票やハンコの数で「対策を採っています」式の対応に終始する傾向は、この国に、官僚主義、事なかれ主義といわれた体質が未だ抜けきっていないことからくるものかもしれません。ただ、問題の先送りがときに大きなしっぺ返しを招くことは、このところ目に付く製造業の製品事故などが実証しています。

早めに問題を産む根本と向き合う勇気を持つことが、結果的には利益となって帰ってくることを、日本社会はもう少し学ぶ必要があるようです。


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