前回の母の介護の顛末、続編です。
■不毛の三択
初めに担当医から提示された治療方法は次の3つ。
① すい臓の腫瘍が治療可能なものかどうかを調べる
② 腫瘍の治療は断念、胆汁が流れない症状を改善させるため、お腹から管を通して胆汁が流れるバイパスを作る
③ ②と同じ考え方で、より簡便な方法として、内視鏡を使ってパイプを挿入、胆汁が流れるように胆道を広げる
①の方法を考えた場合、検査だけで一ヶ月ぐらいの期間を必要とし、すい臓にある腫瘍の場合、腫瘍が良性のものか悪性のものか見極めるには開腹手術で腫瘍の一部を採取して調べなければならない。
②は、手術後少なくとも2週間程度、ベッドで寝たきりの状態となり、途中本人が管を引き抜いてしまう恐れを考えると、その間、手をベッドに縛り付ける必要がある。
ということで、どちらも現在の母の状態を考えると、精神的、肉体的のどちらの面からもとても最後まで耐え切れそうにありません。
一応3つの選択肢は示されているものの、実際、採りうる選択肢は③の一つしかないのですが、担当医から「どの方法を取るかご家族で決めて下さい。」と言われても、とても即答することはできませんでした。
仮に③の方法がうまくいって、一時的に症状が回復したにしても腫瘍自体が治るわけではありません。③の方法を採れば、ある意味死を宣告するに等しいのです。また、「家族と相談」と言われても、責任を分かち合えるような形で話し合えるような対象はいません。実質全てが私ひとりの決断にゆだねられているという状況で、これは、かなり精神的に堪えました。
■担当医豹変
一通り必要な検査が終わるまで一週間ほどの期間を置いて、腫瘍自体の治療はあきらめ、③の方法でパイプを挿入する治療を行って頂くよう担当医に伝えました。
ところが、これが大失敗。事前の説明では、「全身麻酔をかるので、あまり本人は苦痛を感じないで治療できる」はずだったのですが、麻酔がうまくきかず、内視鏡を飲み込むだけで、はや本人が苦しがり、「じっとしていることができないので、無理にパイプを押し込もうとすると危険」だとして中止。一週間ほど回復期間をおいて、再度挑戦したものの、今度は麻酔はうまくいったのに結局パイプを差し込むことができず、一縷の望みとも思えた2回の治療は、母の身体に負担となっただけの結果に終わりました。
麻酔の影響もあり、処置が終わった後の母は、入院までは普通に買い物に出歩いていたことが想像できないほど衰弱してしまいました。
途方にくれたような心境の家族に、担当医は、当初「成功は難しい」と話していた②の「お腹に穴を開けて通した管で胆汁を流す」処置を、「病院生活にも慣れてきているので、今の状態ならうまくできそうだ」として、改めて提案してきました。
しかし、肉親の目を通して見ると、母の身体は、食事の際上体を起こすのも苦しそうなぐらい衰弱してきており、とても長期間ベッドに縛り付けられるような生活が耐えられるようには思えません。また、治療がうまくいったにしても腫瘍自体がなくなるわけではなく、手術を勧める医師本人も、治療の効果は「多少何週間か寿命を延ばす程度」だと言っています。
まだその時点では、「急速な衰弱は全身麻酔の影響で、麻酔の影響が癒えれくれば多少は状態も持ち直してくれる」と考えていましたので、「無理な治療で決定的に衰弱してしまうよりは、多少でも元気な状態に回復できることを優先、期間は限られるにしても、最期のときを落ち着いて好きなように過ごさせてあげたい」という思いが強く、結局この提案はお断りしました。当初の話しぶりから手の平を返したような医師の説明の仕方にも、多少経営的な計算を感じ、素直に納得できないものがあったことも理由の一つです。
提案を断った時点で担当医の態度が豹変しました。それからは、「治療を行わないなら入院している意味はないので、自宅に引き取って下さい。」の一点張り。
病院の都合としてはそうかもしれませんが、既にその時点で、母は、素人の目にも、いつ容態が急変しても不思議ではないように思われ、とても移動に耐えられるようには見えませんでした。(実際転院した後には、転院先の病院の方も「とても転院させるような状態じゃあないのに」と首を傾げてみえたほど。)それに加え、前回お話した通り、私達には、他にも別々の場所に生活している親が二人いて、それぞれに私たちの助けがなければやっていけません。母を自宅に引き取ることになれば、即他の二人が立ち行かなくなってしまいます。
こちらの事情を説明、「別の受け入れ先が見つかるまで入院を続けさせて欲しい」とお願いしましたが「認知症もあるし、受け入れてくれるような施設などない」とにべもありません。それでも粘って、ようやく2週間だけ猶予をもらいました。
■息子奔走す
ここからは文字通り時間との戦い。
「新たな受け入れ先」と言っても特に当てがあるわけではありませんので、まずは自治体の相談窓口に。しかし、「事情を話して病院に相談すれば受け入れてくれるところは見つかりますから」といった感じで、全く相談相手にはなりません。藁をもつかむ思いで、再度在宅介護をお願いしていた先のケアマネさんに連絡、受け入れ先の候補となりそうなところを拾い出してもらいました。
首尾よく転院できたとしても、頻繁に様子を見に行く必要があることに変わりなく、あまり遠方のところは後回しです。ある程度地域を絞って、少しでも可能性のありそうな施設に片端から連絡を取っていきました。
この頃には、もう私も仕事どころではありません。自営業なので、時間の融通はどうにでもなりますが、その代わり収入はストップしてしまいます。しかし、当時の状況としては、とてもそれを心配する余裕はありませんでした。何とか、受け入れ先を見つけ出さなければ、それだけ考えて毎日走り回りました。
その間にも、母の方は、状態が回復するどころか、胆道がふさがった影響が次第に顕著になってきて、まったく食欲がなくなってしまい、日に日に体力が衰えていきます。そんな状態を目にすると、ますます焦りは募ります。必死であちこち連絡してみるものの、なかなか進展がないまま徒に時間だけが過ぎていきました。
この間、この国の介護制度に介護難民を生み出す大きな裂け目があることを嫌というほど思い知らされるのですが、その部分は再び次回に。
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